サイレントマジョリティー団結

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『エキセントリック』と言われる事を恐れるなよサイレントマジョリティーよ。(歌詞考察)【欅坂46】

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万国のサイレントマジョリティー及びFランク闘争者の諸君団結してるか?

 

今回執筆する文章は欅坂46の「エキセントリック」という曲を聴いての考察

サイレントマジョリティー」「不協和音」との関連性と現代社会へのメッセージである。(なお、この文章は「エキセントリック」を既に視聴している事を前提に執筆する)

 

余談だが久々にこの手の記事を書こうと思った理由は

先日、受験を共に闘った同志と飲み交わす機会があり、その際に友人に言われた事

「たまには社会を風刺する文章を書け」

最近武勇伝記事ばかりの小生にその言葉は大きすぎた。

 

このブログの原点にして頂き「サイレントマジョリティー論」久々の投稿なのである。

 言葉としての「エキセントリック」

まずは、前提として、「エキセントリック」という言葉について紹介する。

性格や行動が普通でないさま。

ひどく風変わりなさま。

奇矯(ききょう)-コトバンクより 

 奇矯とは、行動・思想傾向が普通の人とは変わっていて激しいこと。らしい。

 

この言葉を考えた時、

サイレントマジョリティー」や「不協和音」に通じるものがあった。

そこから欅坂46の云う「エキセントリック」とは何か?

それは善なのか悪なのか。

掘り下げていこうと思う。

欅坂46の云う「エキセントリック」

サイレントマジョリティー」であることが正しい大人なのか?

誰かと違うことに何をためらうのか。

欅坂46の最も有名と言って過言ではない「サイレントマジョリティー」その一節である。

 

記した歌詞を見て頂いてもお解りのように

「誰かと違う事」をためらうサイレントマジョリティー。

 

そんなサイレントマジョリティー達へ送る歌詞がサビ部分。

君は君らしく生きて行く自由があるんだ

大人たちに支配されるな 

ここで云う「大人たち」とは必ずしも年齢的な意味の「大人」ではなく

社会の風潮に支配され、自分の意思すらも曲げてしまう

 社会にひれ伏す人間のこと。

そう解釈する。

 

それは果たして「大人である」という意味なのか?

 

そして「君は君らしく」

すなわち「自分らしく」生きる事は

時に自分を孤独にし、時に「エキセントリック」

すなわち「変わり者」として扱われてしまう。

 

そして社会はそのような人を排外する。

それに恐れているのが、すなわち「サイレントマジョリティー」

自分の意思は「不協和音」とされ排外される。

僕はYesと言わない 首を縦に振らない

まわりの誰もが頷いたとしても

この曲は「サイレントマジョリティー」と異なり

「自分の意思を云うもの目線」の歌詞となっている。

比較的「闘争者」目線の曲となっている。

 

この曲だけ聴くとそれはただの「反逆者」に見えるだろう。

しかし、「サイレントマジョリティー」のあとに聴くとどうだろうか。

ああ 調和だけじゃ危険だ

ああ まさか 自由はいけないことか

人はそれぞれバラバラだ

何か乱すことで気づく

もっと新しい世界 

 「調和」すなわち、「サイレント(静かな)」で「マジョリティー(多数派)」

でいることが「調和」とするなら

「不協和音」はその逆である。

 

静かな多数派でいることが危険と気づいた人間が、自分の自由意志のもとに生きることを決意している。

 

しかしそれは「大きな力でねじ伏せられる」そんな世の中への風刺なのだ。

それに立ち向かうものが即ち「不協和音」

周りが創った「不協和音」というレッテルは、やがて「エキセントリック」(変わり者)という悪意のレッテルに代わる

あいつがああだって言ってた こいつがこうだろうって言ってた

差出人のない噂の類い確証ないほど拡散する  

 誰が言い始めたかわからない噂により「変わり者」と言われ

自分が知る自分ではない自分が構築されてしまう。

本人も知らない僕が出来上がって

違う自分 存在するよ

 他人にとって、「不協和音」(=自分の意見を言う事)は

「エキセントリック」(=変わり者)になっていく。

 

そして「サイレントマジョリティ」だった「不協和音」は「エキセントリック」である自分を受け入れるのだ。

I am eccentric 変わり者でいい

理解されない方が よっぽど楽だと思ったんだ

他人(ひと)の目 気にしない 愛なんて縁を切る

はみ出してしまおう 自由なんてそんなもの

 「静かな多数派であることが大人(=正義)であること」だと思った者は

偽りの調和を破り不協和音を奏でる

「エキセントリック」とレッテルを貼られ

自分の思う自分じゃない自分ができてしまう。

しかし、それは「本当の自分」であり

他人には受け入れられない自分を自分が受け入れる。

見た目が美しい川が「キレイな川」であるとは限らない。

そして「エキセントリック」の2番で本当の自分を選ぶ時が来る。

キレイな川に魚はいないと

したり顔して誰かは言うけど

そんな汚い川なら

僕は絶対泳ぎたくない 

 ここで云う「キレイな川」とは

批判されない、安全な、すなわち静かに多数派にひれ伏し、従う事。

しかし、そんな場所で萎縮している事が「正しい」事であるのなら

それはキレイな見た目をした「汚い川」だ。

 

多数であることが「普通」であるのか

少数は「異常」なのか。

I am eccentric 変わり者でいい

普通なんかごめんだ 僕は僕でいさせてくれ

敬遠されたって 好きなように生きて行くよ

カメレオンみたいに同じ色に染まれない 

ここで「サイレントマジョリティー」を川上とし

「不協和音」「エキセントリック」と流れる1つの川に結論が打たれる。

それは個々が歌詞を読み取り結論を打ってくれ。

小生の生きる世界のキレイな川に泳ぐ魚たちへ。

小生の生きてきた世界、すなわち皆様が住む世界にも歌詞でいう

「キレイな川」ってあったと思う。

 

意見を言うと変わり者と言われ

話してもいない人間から嫌厭される。

 

2017年の小生はそれを凄い感じる1年だった。

 

それにいちいちイライラしながら生きてきたが

それ自体がくだらないことであったと、懐古する。

 

即ち、この1年解った事は

「キレイな見た目をした汚い川」を泳ぐ魚なんかを

相手にしている程、小生は器用じゃない。

カメレオンみたいに同じ色にそまれない。というか、染まりたくない。 

 

まだ気づいていないのか滑稽な魚たちよ。

 

万国のサイレントマジョリティー達よ、今こそ他人にエキセントリックと言われる事を恐れず、不協和音貫け。

 

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