サイレントマジョリティー団結

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自分語りをするための自己満足ブログ

フィッシャーズとシバター2つのカリスマ性。

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万国のサイレントマジョリティー及びFランク闘争者の諸君、団結しているかな?

 

皆はYouTube rの動画を見る事はあるかい?

小生はシバターが好きだ。

シバターを見ていると「一種のカリスマ性」を感じる。

 

そしてフィッシャーズは嫌いだ。

「団体意識」に虫酸が走る。

 

でもこの2種類のYouTube rにはお互い「カリスマ性」が存在しているとは思う。

ということで、今回はこの2(グループ)(人)を対比して「カリスマ論」を書いていこうと思う。

 

久々の「カリスマ論」さて、いってみよう。

 この記事を書こうと思ったきっかけ。

小生はシバターの動画を総て見た程のシバター信者。

そしてフィッシャーズみたいな大学生ノリが嫌いな人間でもある。

それに気づいたのはここ一年くらいのこと。

 

しかし、遡ってみれば、小生のフィッシャーズ嫌いは今に始まった事ではない。

 

小生が高校生だったある日、昔からの友達がグループラインで

「みんなでYouTuberにならね?」みたいな発言をした。

 

今考えれば、その子が憧れたのが「フィッシャーズ」だったのだ。

 

小生は当時、「フィッシャーズ」がどんな活動をしているかは正直わからなかった。

 

しかし、所詮、集団で作る面白さとは、「内輪ネタ」

「内輪ネタしか提供できない」

そう考え、あまり乗り気ではない趣旨の発言をしてしまった。

 

ある意味空気を壊してしまったのだ。

 

まさにこれがフィッシャーズ嫌いの始まりなのである。

 

そして、「フィッシャーズ」を知った今だからこそ

さらに言えば、「シバター」を崇拝する今だからこそ

この問題にピリオドを打とうと、この文章を執筆させて頂く訳だ。

フィッシャーズのカリスマ性

フィッシャーズは過度な団体意識を持っている。

もちろんグループ内でもそうだが正直、信者にはキレられるかもしれないが

外野からすれば「シルク」と「ンダホ」意外いらないのだ。

後の奴らは金魚の糞なのだ。

 

しかも信者を「ウオタミ」と名付けて、「団結」(?)させている。

これは悪趣味である。

正直、新興宗教と変わらない。

その信者から得る熱量で自らをカリスマと勘違いしているだけ。

 

この団体意識で評価できる点は

もともと存在しない「カリスマ性」を団体意識の下に作っているということ。

 

まぁ巧いっちゃ巧いけど、好きにはなれないね。

シバターのカリスマ性

シバターのカリスマ性とはどこからくるものか?

 

それは簡単に言ってしまえばドナルド・トランプ氏と同じ。

過激なMCM批判や大物YouTube r批判はYouTubeで生き残っていくのには適切ではない。

 

しかし、リスナー達が心に秘めた思いを代弁してくれている。

それがシバターなのだ。

 

その手法はその発言で大統領までのし上がった

ドナルド・トランプ氏と同じ。

孤独な闘争者なのだ。

 

もっと言ってしまえばサイレントマジョリティーの代弁者なのだ。

なにが言いたいかと言えば、安易にキッズはYouTuber目指すな。

今日も薄っぺらい文章読んでくれてありがとね。

まとまらなかったけど、最後に一言。

 

キッズ達よ、フィッシャーズやHIKAKINに憧れて安易にYouTuber目指すなよ。

シバターさんの動画を見れば、その大変さがわかる。

www.youtube.com

今回批判させて頂いたフィッシャーズだって、頭良いんだからノシ上がったんよ。

 

そこらへんのキッズがYouTubeで大きくなれると思うなよ!!!