サイレントマジョリティー団結

サイレントマジョリティー団結

自分語りをするための自己満足ブログ

歴史を動かすのは良くも悪くも「サイレントマジョリティー」

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万国のサイレントマジョリティー及びFランク闘争者の諸君、団結しているかな?

今日は久々の「サイレントマジョリティー論」の授業をはじめる^^

 

今回は近代史に於いて、サイレントマジョリティー達がどう活躍してきたか、もしくはサイレントマジョリティーの代弁者になろうとした人間がいかに居たかを語らせて頂きたい候。

そう、歴史を動かすのは常にサイレントマジョリティー達であったのだ。

それを説明したい候。

 

それではいってみましょう^0^

 今回は4人の歴史上の人物の名を挙げる。

その4人とサイレントマジョリティーの関係を語らせて頂きます。

 

カール・マルクス「万国の労働者よ、団結せよ。」

まずは19世紀、経済学に於いての「革命」を起こした哲学者を紹介しよう。

彼の名前はマルクス。

「科学的社会主義」を打ち立てた。

その中でも共産主義者の教典「共産党宣言」に於いて

「サイレントマジョリティー」を語ってると言える。

 

「万国の労働者よ、団結せよ!」

この文章から「共産党宣言」は始まる。

そう、もうお解りだろうか、「万国の労働者」こそが「サイレントマジョリティー」なのだ。

 

そして、お解りだろうか。

小生がいつも使っている「万国のサイレントマジョリティーよ、団結してるか?」

は、これが元ネタとなっている。

※小生は共産主義者ではない。何方かと言えば反共主義。

 

革命を説くこの本には革命には「万国のサイレントマジョリティー」の団結が必要であり、その熱烈なチカラがあってこそ、革命が起ると説かれていた。

 

つまり革命を起こす為にサイレントマジョリティーの団結を説いたと言える。

そういう点では立派な文章なのだ。

 

吉田松陰「草莽崛起(在野の人よ立ち上がれ)」

これは日本の近代最高峰の思想家である吉田松陰先生の御言葉である。

小生の最も好きな歴史の人物である。

 

草莽崛起とは「在野の人よ立ち上がれ」の意味である。

すなわち、これが何を言いたいものかと言えば、

江戸時代の末期に松陰先生が民衆のチカラによる改革を目指し

誇り高き志を持っている在野(一般人)のチカラを

団結させようとした、熱烈な言葉なのである。

 

この言葉では「在野の人」それが即ち「サイレントマジョリティー」なのである。

マルクスの革命とは違えど、改革を起こすためにサイレントマジョリティーのチカラを借りようとしたのである。

 

この文章から江戸末期にも「サイレントマジョリティー」の必要性が伺える。

松陰先生は安政の大獄に連座され結局首を切られてしまうが

 

その志を継いだ人間達が、確かに改革を進めたのである。

まさに「サイレントマジョリティー団結」やな。

 

岸信介「声なき声が聞こえる」

皆様、岸信介という人物をご存知だろうか?

実は安倍総理のおじいちゃんであり、第56〜57代内閣総理大臣なのである。

この人物は1960年の「安保闘争」において新安保条約を強行採決した際

騒がしい国会を見て

「私には声なき声が聞こえる」

と言ったのだ。

 

これは何を意味するか。

 

現代社会でも多発している「デモ」

どんなに沢山の人々が声を挙げて暴れていてもそれが「多数派」とは限らない。

当時はうるさいのは国会の前だけ(今もだが)

声を挙げている「ノイジーマイノリティー」の声ばかり取り上げられる(今もだが)

 

「ノイジーマイノリティー」が暴れている間

「サイレントマジョリティー」達は賛成している。

然う解釈したのだ。

 

事実現実派は「安保」を必要としていたのだろう。

 

リチャード・ニクソン「Great Silent Majority」

この漢はアメリカ合衆国の大統領である。

時代背景としてはベトナム戦争。

これも日本と同じようにベトナム戦争反対派が反戦運動をしていた。

 

そのとき「ベトナム戦争に反対はしていない」=「戦争を支持する」

訳ではないことを前提に、そのサイレントマジョリティー達を反対ではないと捉えた事だ。

 

事実ニクソンは大統領選挙で圧勝はしたが

まさにこのニクソンの「Silent Majority」こそが

欅坂46の「どこかの国の大統領」であると言える。

 

ニクソンのサイレントマジョリティーは熱烈な行動というよりは

解釈の変更によるものに聞こえる。

 

「声を挙げない者達は賛成している」まさにこの原理。

 

小生的サイレントマジョリティー

ここまで徒然なるままに「サイレントマジョリティー」について語ってきた。

「サイレントマジョリティー」は熱烈な集団であり、狂気的であるをご理解いただいたかな?

時には社会の改良に、時には自らの意思を通す為に使われてきた

「サイレントマジョリティー」という言葉。

 

小生が言える事は一つ。

「サイレントマジョリティーにはサイレントである理由があり、その上に多数派として存在する理由がある」ということだ。

 

現実、今日紹介したもの、「安保」「ベトナム戦争の賛否」などがあるが

これはノイジーには応えられない難しい問題なのである。

そこに「サイレント」である理由があるのだ。

 

その評価が良くも悪くも

サイレントマジョリティー達は現実を見て行動しているという側面もある。

 

今回は難しい話をした。

(この文章は共産主義、安保闘争、ベトナム戦争など歴史上の難しい問題を含んでいますが、単に「サイレントマジョリティー」という言葉を研究したものであり、思想を現す記事ではありませんので、ご了承ください。)