サイレントマジョリティー団結

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自分語りをするための自己満足ブログ

【自己批判】俺がYouTuberだった時のお話

グッドモーニング建国記念日^^

さて、今日は建国記念日。2677年前に我々の祖国・日本が建国された。

心より喜ばしく思う。

 

さて、今日はネタ切れってのもあり、自らの「過去」についての自己批判を書く。

これも安定の自分語りであり、「武勇伝披露」という形になるが。

 

さっ、第1回は「俺がYouTuberだった時のお話」である。

寝起きってのもあってあまり深い文章を書けないのはご了承を賜りたい。

 

 

さて、話に入っていきたいと思いますが、僕がYouTuberだった時の一人称は「俺」だったので、今日の一人称は「俺」にさせて頂きたいと思います。

 

時代背景

遡るは中学二年生の夏(2010年)、まだ俺が武道家だった時の話だ。

自らの部屋にはクーラーが完備されたばかりというのと、友達は専ら部活であったというのもあり、部屋にあったパソコンでネットをやるのがライフワークとなっていた。

 

専らYouTubeを見ていた僕は、今だから「YouTuber」と言われ

もてはやされる、異色の芸能人のようなものをパソコン越しで拝見したのだ。

 

これからなにが起るかも、知らずに...

 

初の動画投稿

別に有名になろうとなんて思っていなかった。

なんの思いも無くパソコンのインカメを使用し、初めての動画投稿を行ったのだ。

 

福山雅治「蛍」を歌ってみた。

www.youtube.com

 

こちらの歌になるわけだが、Wikipediaで調べたら、2010年の8月11日発売。。。

7年前か。。。

 

当初から福山雅治のモノマネ芸人」を自称していた、俺からしたら

「一番ウケ狙いやすいジャンル」と考えた。

そのため一番最初に載せる動画に選んだのだ。

 

脅威の拡散力

「拡散力」と言っても、ネット上での拡散とは違う。

ネット上での「拡散」が爆発的にされていたら、俺はいまごろ

広告収入により今よりは金をつかんでいただろう。

 

しかし、ここで言う「拡散」というのは

地元、すなわちシャバでの「拡散」であった。

 

どっから漏れたのだろうか、世間に驚異的に広がっていた。

同年代→後輩→先生

と広まっていく。

 

しかし動画投稿は続けた。決して高頻度というわけではない。

主に「歌ってみた系」を載せてた。と、言っても

皆さんが考える「歌ってみた系」ではなく

専ら歌っている姿を撮影し、それを載せる。決してイケボとかでもない。

 

秋の訪れと呼び出し

夏も終わり、学校が始まった。

それでも動画投稿をやめなかった。地味な反響が楽しかったから。

 

しかしそんな秋の訪れと共に魔の手が近づいていたのだ。

ある朝、俺は先生に呼び出され裁きを下された。

 

なんと教師陣に俺の動画は特定されていたのだ。

急いで帰宅し、動画は削除したがもう手遅れ。

 

ここで俺の動画投稿人生は終了したのだ。

 

恩師(苦笑)たちに感謝^^

俺は担任教師に感謝している。

あのとき怒られてなくて、続けていたらきっとネット上で叩かれていたかもしれないし。取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 

だがあの時の先生の怖さで消せた。何も考えず削除できた。

本当に感謝です。

もしかしたら広告収入で多大なる富を築いていたかもしれない。

そんなんどうでもいい。

普通に生活できる今に感謝。

 

まだあのときは「はじめしゃちょー」もそんなに大規模でない

YouTuber達の世界はまだ、ブルーオーシャンだった。

だからこそ俺は海に駆り立てられたのだ。

 

そのとき使っていた名前がKGM。

7年も使っているこのハンドルネーム。大切にしていこうな^^